穏やかな音楽と野生の植物の香りに包まれる
羽村の小さなタイマッサージ&アロマトリートメントサロン ecoubio エクビオ
微かなサインに気づく

こんばんは。

ふと思い立って、ブログを引越しすることにしました。
もう少し、シンプルで情報が少ないほうが良いかなと思ったのです。
何となく。(旧ブログはコチラ

ここは日々の徒然を書き留める場所にしようかなぁと。
なので、今まで以上にひとりごとに近くなると思いますが、
もしご興味があれば暇なときにでも覗いてみてくださいね。


昨日、いつもの解剖学の勉強会の前に、はじめてのジャンルのワークショップに行ってきました。直感や第六感をみがく内容とのことで、主催者の方との不思議なご縁があったこともあり、どんな内容なのか良く知らないまま、はるばる2時間近くかけて、スタジオまで。


皆さんは、サイキックとか、霊という言葉を聞いて、
どんなイメージを思い浮かべますか?


私はというと、少し身構える気持ちがありました。なんとなく、恐いような、見たくないような。小さな頃から暗闇やお化けといった存在に苦手意識があるせいもあります。基本的に、得体の知れないものは何でも苦手なもので…。

ボディワークに携わる仕事柄、いわゆるスピリチュアルな能力を持った人に出会う機会はたくさんあります。タロットを使ったリーディングが出来る人、天使が見えるという人、それからオーラが見える人、生物以外の物の声が聞こえる人。

この仕事をはじめてから、そういったいわゆる目に見えないメッセージを受け取ることの出来る人は、そんなに特別な存在ではないのかもしれないと思うようになりました。

きっと、人がもっと自然に近い存在であったときは人の感覚器官はもっと研ぎ澄まされていて、今よりももっとたくさんの目に見えないサイン、つまり何かの兆候のようなものに気づくことは普通のことだったのかもしれないと。

それは直感や虫の知らせであったり、霊や魂であったり、エネルギーであったり、
言い方は様々かもしれないけれど、そういうもの。

ふと思い浮かべた相手から、久しぶりに電話がかかってきたり、
最近あのお客様いらっしゃらないなぁと思っていたら、直後に予約を頂いたり。
これを知りたいなぁと思った情報や、チャンスが突然目の前に降ってきたり。

そんなことが起こる機会が最近増えてきたこともあり、それは一体何なのか、
知りたいと思っていたのです。


初めて訪ねたスタジオはとても素敵な場所でした。
気がいいというのでしょうか。暖かみのある木のインテリアに、
手作りのクッションカバーなど。

ワークショップの先生がまた、穏やかで素敵な方でした。
レッスン内容は霊感を磨く訓練!とかいったものではなくて、ちょうど私が求めていた、先人の知恵を自分たちの孫の世代まで伝えていこうというものでした。

今は三世代が同居する機会もなかなか無くなり、
血の繋がったおばあちゃんから生活や、生きていくための知恵を教わることは
昔とくらべて随分減りました。

子供の遊びも家のなかでするゲームやDSに変わってきて、
自然の中で裸足で駆け回ったり、木登りをしたり、野草や果物をとって食べたり…
自然と触れ合うような遊び方は今ではむつかしいことなのかもしれません。

そんな環境が、人間が本来持っている感覚器官が衰えていく一つの要因でもあると
思っています。とても残念なことです。

先生が仰っていた言葉がとても印象的でした。
「サインはとても微かなものです。注意深くいないとなかなか気づきません」

サインはいってみれば情報を受け取るための鍵。
そう、例えば自分のほほを撫でる風の感触、身体のわずかな感覚の違い、温度、
指先や足先の感覚を普段から意識している人はどれだけいるでしょうか。

私自身、頭で考えることが増えていくと、どんどん身体の感覚は鈍くなり、
自分の身体なのに自分の管理下にないような感覚になることもあります。
意識をしないと、本来持っている機能でさえ簡単に鈍ってしまうものなのですよね。

ワークショップを終えて、「これから現実の世界に戻るね」なんて笑いながら、
急ぎ足でいつもの解剖学の研究チームに向かいました。

正反対の内容の講座を一日ではしごするなぁと思っていたのですが…

研究チームのテーマはメカノレセプターと膝の靭帯の関連性について。
メカノレセプターというのは身体に点在する感覚受容器のことです。
言い換えれば、まわりの状況がどうなっているのか、情報を受け取る部分でもあります。

ペアになってのセッション中、足裏のメカノレセプターを刺激する度に、
どんどん身体の力が抜けて、無駄な緊張がとれていくのを感じました。
情報が受け取れないからこそ、身構えてしまって筋肉が緊張するので、
沢山の情報が受け取れる身体になると緊張はとれるのですね。
つまり、恐さがなくなるということ。

不思議なことに、その感覚は昼間のワークショップで受けた瞑想のセッションと酷似していました。身体のスイッチをOFFにして、心(脳)の感覚を研ぎ澄ませていくことと、実際に身体の一部である感覚受容器を刺激して、身体の緊張をとることは、アプローチの方法が違うだけで、ほぼ同じだったということです。

一日に同時に違う内容の講座を受けたというのに、
同じ内容を学んだような気分になりました。

人の身体はほんとうに神秘的です。
解剖学に基づく人体の仕組みや、科学的な根拠をより熟知しているはずの
医療関係者に、意外とスピリチュアルな世界に精通している人が多い気がするのは、
ふつうの人よりも感覚が研ぎ澄まされているせいもあるのかもしれません。
昔、ある医師のクライアントさんが仰っていたのを今になって思い出します。
「迷ったときは直感を信じる。だから直観力を磨く努力をしている」と。

感覚が研ぎ澄まされていくと、自分の心の声に気づきます。
自分はどうしたいのか、どうやって生きていきたいのか。
もしかして、この先起こることは身体は既に知っているのかもしれません。

心の声を聞き逃さないために、そして微かなサインに気づけるように、
心と身体を自分の意思で整えておきたいものですね。








心と身体 comments(2) trackbacks(0)
Comment








清楚なブログ、丁寧につづられた言葉・・・かなこさんらしくて素敵ですね。ありがとうございました。

from. eri | 2013/02/27 02:17 |
eriさま

今までのブログはごちゃごちゃしていたので、引っ越しました。昨日は満月だったのですね。貴重な時間をありがとうございました。
from. kanako | 2013/02/27 02:47 |
Trackback
この記事のトラックバックURL: http://blog.ecoubio.com/trackback/1
<< NEW | TOP | OLD>>